タイ投資における専門家の使い方

タイ投資における専門家の使い方

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以下の文章は、10年ほど前に、弁護士の高井伸夫先生から依頼されて、髙井・岡芹法律事務所の所報に掲載されたものです。


常夏バンコクの遠い夢-漫画のような話

アリヤ・グループ  
公認会計士 形部 直道  

 この長野県に引っ越してきまして、早いもので半年を越えました。もっとも、「早いもので」という感慨は、高が半年という期間には本当のところ馴染まないものだとは思います。でも、私は、タイのバンコクというところに、足掛け25年、会計・法律事務所を構えて暮らしてたものですから、日本に戻って以来、「おお、月日のたつのは本当に早いや」という気がしています。一体、タイは常夏といわれるところです。この間まで一年中、夏だったものが、ここ軽井沢では冬は、結構、寒い。最初は、長袖の服なんてものは持ってやしません。今は半ば隠居生活をしていますので、呑気に暮らしている所為なのでしょうが、もう、バンコクの日常は遠い夢を見ているような気分です。

 バンコクでは、もっぱら、タイに進出する日系企業のお手伝いをしておりました。もっとも、事務所は今でもありますから、しております、という方が良いかも知れません。タイ人の弁護士が5名ほど、そして、日本人の弁護士が1名が働いております法律・税務事務所、タイの公認会計士5名、日本人の公認会計士2名のほか、専門スタッフ50名くらいでやっている監査法人、この二つを中核として、業務を営んでおります。

 私自身が一番得意なのは、国際税務という分野です。国境をまたいで行われる取引に関しての税務、これが国際税務という分野である、そう考えてもさほど間違いではありますまい。日本から見れば、移転価格税制、タックスヘイブン税制、外国税額控除とかいう用語が関係いたします。これがなかなか一筋縄ではいかない。簡単そうで難しい。なぜ難しいかといいますと、単純な取引でさえ、その課税関係を確定するための国際課税の理屈が混沌としているから、といって良い。そして、現在では、証券化やら何やら様々な金融商品が登場してまいりましたし、しかも取引自体、電子取引の体裁をとることも少なくない。さらには、各国が間接税をこぞって導入したことから、いわゆる所得税のほかに消費税(付加価値税)の問題も生ずるといった具合で、ちょっとした取引でさえ、当局を含めて誰に訊いても訳が分からない、といった状況になっている、これが一般である、と怪しんでおります。そういった事柄に専門家と罷り出るのは、実のところ、面妖であると思われても仕方ありませんが、ともかく、そういった仕事を半分くらいはしておりました。

 日本から企業が進出するときの商圏やインフラといった情報は、私どもには、まず関係ありません。関係するのは、進出形態の決定からだと思います。駐在員事務所とするか、または、支店といった体裁をとるか、さらには、新しく現地で法人を設けるか、といったことから関与したしまして、合弁企業の場合には、合弁契約。その上に税務上の手当てと会計諸規則。事業目的によっては必要となるライセンスの取得。賃貸契約等々。進出する日系企業に制度上の必要な助言業務をしておりますと、もともと会計事務所であったものが、どうしても法律関係の仕事も出てまいります。

 この稿では、日系企業がタイという外国に企業進出するとき、これをいろいろお手伝いした経験から、気が付いたこと、およそ感想というぐらいのことになってしまうかも知れませんけれども、あれこれを書いてみようと思っております。私は、タイでの経験が主ですが、どこの国でも似たようなところはきっとあると察して、お話を進めます。

 「郷に入れば郷に従え」という言葉があります。新しい場所に行ったなら、その習慣や風習に従うのがよろしい、というほどの意味でしょう。もっともなことだ、と思いますけれども、考えてみますと、この諺には、違う場所には違う習慣がある、ということが前提とされている。

 Globalismという用語が喧伝されています。その真の意味については私には不案内ですが、下町の会社や地方で小さく操業していた工場がタイにもずいぶんと進出して来ました。

 外国に出かけたとき、最初の頃に心配になるのが「チップ」です。タクシーから降りるとき、チップを渡さなければいけないとガイドブックに書いてあったりします。これが高じて、タイで会社作るときにもチップが必要なのではないか、と思う日本人をたくさん見ます。

 外国には外国の常識がある、これに異存を唱える人は少ないと思いますが、日本の常識は、グローバライゼーションの今日、役に立たないのでしょうか。

 この辺からお話をしたいと思います。

 今から四,五年前のことです。バンコク郊外にある日系企業の工場で応接室のソファに深々と腰を下ろした四十歳後半の男(公認会計士。国際的会計事務所のタイ支社のパートナーで、日本の大手の監査法人の代表社員でもあった。)が、『四百万バーツ(約千二百万円)の現金を早く用意して下さいよ。税調の係官にあげる約束なんだから』と厳しい口調で責めていました。室内は静まり返って、空調の音が鳴り響く限りです。『そんな話は聞いていませんが』と社長が応じます。二人とも日本人です。会計士は、『タイでは当たり前のことなんだし、早く用意しないと相手が・・』と横に座っているタイ人弁護士(彼も当該事務所のパートナー)に目をやりました。私の目の前で、まるで映画のシーンのような光景が繰り広げられます。

 『僕はずいぶんとタイで税調をこなしてきたが、そんな話は聞いたことがない。タイでは当たり前というが、君の経験ではそうなの?』。この会計士の男(私の学校の後輩でもある。)に私が聞いたところ、『いや、私には税調の経験がないのですが、うちの弁護士がそう言っているので』と返してきました。

 これには仰天しました。『なんだあ、それ。だったら、そんなもの払う必要はない。』と断りました。『何かの報復があるかもしれない』と、これは相手のタイ人弁護士。笑い話のようですが、当該社長は、後日、防弾チョッキを用意したのだそうです。

 この話は、日本の企業が外国に進出することに関して、大変に有益なことを、色々我々に教えてくれていると考えます。

 外国では、そこに長くいる日本人から騙されることが多い、ということを良く聞くと思います。やはり、外地の情報については、日本語によるのが楽で、当該外国に長くいて、経験豊富な日本人の話を信頼してしまうのは、まあ当たり前でしょう。それが日本人専門家であればなおのことです。

 ところが、日本人の専門家は、その外国の制度について、誤った概念を持っていることがまことに多い。これには理由があります。

 そもそも、その地の日本人弁護士や会計士は、どうやって情報を得ているのでしょうか。大抵の日本人専門家は、実は、提携先の事務所に机を借りるような具合で仕事をしております。私の場合もそんな案配でした。ある大手の監査法人から、提携先であるクーパーズ・アンド・ライブランド(当時)のバンコク事務所に、一九八九年に駐在員として派遣されました。私の役目は、早い話が営業マン。私の派遣先は外資系事務所ですから、実質的なトップは英国人でした。その下で、日系企業クライアントを取って来る。これが私の役目です。事務所は私に対して専門家としての期待はないのです。

 ところが、クライアントからは、「登記しないで駐在員事務所を持ちたい」「税金の還付が難しいというが、本当か」「タイには法定帳簿があるのか」「弁護士は国家資格なのか」等々、様々な案件が来ます。

 考えてみれば普通運転免許のことを国家資格とはあまり言いません。「国家資格」という日本語をどうやって説明するか、苦心して提携先のタイ人専門家に訊いても、ろくに教えてくれません。事務所のタイ人専門家が私に教えても請求はできない。つまり、自らの評価につながらないからです。タイ人にも色々ありましょうが、外資系に働く人は、概してドライといってよいでしょう。

 『私は組織のトップでもないし、出向元からこちらに多額の資金が入っている訳でもない。もちろん、ノウハウにしたって、日本の会計監査の手法を、このバンコク事務所が欲しがっていることもない。つまり、私には、無理難題を解決する手段がない。』と、自分の性格もあって、そう言っていたものです。

 今でも、この構造は変わっていません。日本経済の弱体化やグローバリズムの影響で、むしろ強まったといえるでしょう。考えてみれば、自分の思うようにタイ人の専門家に助けて貰いながら勉強をし、一定の知見を持って専門家として仕事がしたい。私が独立した所以でした。

 前回、「日本人専門家は、大抵、提携先の事務所に机を借りるような具合で仕事をしている」というお話をしました。つまり、そこでは日本人専門家はお客さんなのです。指揮権も人事権もありません。あっても、軒先を借りている組織の機嫌を損ねない範囲に限られます。

 さらに有体に言わせてもらえば、税調の時に係官にお金を払うのは当然と言われて、これを鵜呑みにするような態度が求められます。そして営業にいそしむ。さもないと、仕事はやりにくくなります。

 外国の制度について、当地でも日本でも、いろいろ専門家と称する人たちがスピーカーとなってセミナーが開かれます。これはタイに限ったことか知りませんが、商工会議所などのセミナーの案内状に、「専門家の参加はご遠慮ください」とあることが多い。私は良く思うのですけれども、この日本語という閉鎖的な空間で喧伝される情報のやり取りを、当地の外国人が聞いたらどう思うでしょうか。「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」ではないが、仰天するのではないかと怪しみます。

 さらに、外国人と仕事をする人間の特殊性も勘定に入れないといけないでしょう。

 日本人や英国人と仕事をするタイ人は、決して、典型的なタイ人ではない気がいたします。ただし、英語は上手です。

 この、外国人と仕事をすることに慣れたタイ人から得られる情報は、一般的なタイ人から見ますと、どうも、歪んでいる嫌いがあります。

 昨年、タイでは大洪水がありました。日本のマスコミは、大変だとお騒ぎで、駐在員の家族が一時帰国する始末でした。ところが、実際の他人の暮らしを見ていると、どうも違う節があります。バンコクには日本のテレビや新聞の支局がありますが、彼らが得る情報は、自社で雇っているタイ人(つまり、外国人に雇われているタイ人ということですが)や、外国向けメディアからのものです。そこに、大きな落とし穴がある気がいたします。

 言葉も、外国の制度を知る上で大きな関門です。特にタイ語といったマイナーな用語が相手ですと大変ですし、制度に係る用語は、その国の制度を引きずっていますから下手に訳すと誤ります。

 非公開会社法で言えば、監査役とか代表取締役という機関は、タイでは存在しない、日本のような弁護士制度もない、というと驚かれる方が多いのではないでしょうか。

 もっとも、最近話題の国際会計基準においてでも、Probablyという英語が、米語とのニュアンスが違うために日本でも間違った邦訳をしてしまい大騒ぎとなったことを見れば、タイのような途上国に限ったことではないかもしれません。

 いろいろ書きましたが、結果としてタイの法制度は、いい加減な解釈に基づいて日本人社会に説明される次第となる。前回の話の「タイでは、税務調査が来たら、係官に金銭を与えなくてはいけない」というのも、その典型でしょう。

 税務に関する情報の誤りは、多額の現金支出を伴うことになります。合弁契約の解除とか、会社債権の取立てといった企業法務、さらに労務上の問題、これらは会社の死活にかかわるかも知れません。正しい情報を得ることは、本当に大切です。

 では、どのようにして、情報の真贋を見分けたらよいでしょうか。

 「日本の常識で考えてみる」。これが秘訣だと思っています。

 日本人やタイ人の専門家から、よく、「ここはタイですから」という台詞を聞きます。しかし、タイでも日本でも、水は上から下に流れるのが当たり前なのです。「ここタイでは」と徒に強調するときは、一体「水が上に流れます。」といった調子の話につながる嫌いがある。

 闇雲に、当地に詳しいとされる専門家や、機関を信じて、誤った意思決定して損害を受けても、誰も責任は取ってくれません。

 制度の情報を得るときには、必ず理由を聞くことも大事です。そして、どうも水が下から上に流れるような話であれば、セカンドオピニオンを得ることが大切だと思います。

 外国での事業において、正確な制度情報は絶対に不可欠です。正確な情報を得る秘訣は、一般社会人の常識を持って判断すること、これに尽きる。よく言われる語学能力なんて、その次の次と思っております。

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