■AIの時代
PHP(Hypertext Preprocessor/旧称Personal Home Page)の重大な脆弱性2件が、タイ時間の10月21日、PHPの開発チームから公式に発表され、修正版が公開された。発見には、GPT-5.6 SolなどのAIが大きく関与したという。うちの事務所のホームページも対応に追われたが、その修正作業にAIエージェントを使っている。うちに限ったことではないだろうが、要はAIが見つけた穴を、AIを使って塞いだわけである。人が最適回答を得るためにAIを使う、などとはとても言えたものではないだろう。AIが人を使っているといった方が適切である。これを「終わりの始まり」とみる論者も少なくない。
■なくなる専門家の仕事
会計士、弁護士、コンサルタントの仕事は近いうちになくなる、という。賛否両論で喧しいが、少なくとも「調べれば分かる答えを返す」仕事については、その通りだと思っている。タイでの会社設立や撤退の手続、労働許可証の取得方法、月次税務申告の義務、財務諸表の注記の開示方法——いずれもAIが相当的確に回答してくれる。つい数か月前までは引用条項の誤りが目立ったが、最近ではずいぶん減った。この頃では調べる仕事だけではない。判断業務まで様々な示唆を提示するに至っている。
結局のところ、AIネイティブ企業だけが生き残るとする意見がある。一理あると言わざるを得ない。例えば、会計ソフト会社。わが業界中、最も影響を受けやすい業種だろう。近々、従来型のほとんどのソフトは、その存在理由がなくなりそうだからである。何しろ、電磁データを入れれば、決算も申告書も作成するソフトを、AIを利用して誰でも簡単に自作できる時代がすぐそこなのである。では、この先、専門家の意義はどうなるであろう。専門家自身からみての意義は、畢竟、意味のある専門家を利用者がどのように峻別するのか、に演繹されよう。いずれにせよ、難しい問いである。少し虚しい気持ちで考えを進めるわけだが、僕の実感を述べたい。
■専門家の存在意義
まずは、AIを使いこなすだけの的確な問い(プロンプト)を書けるかどうかである。
たとえば、タイ法人が海外の会社に金型を製作させ、その代金を支払うとき、VATはどうなるか。簡単そうに見えて、実は大問題である。金型は物品の購入なのか、製作というサービスの対価なのか。金型はタイに輸入されるのか、海外の製作先に置かれたまま部品の生産に使われるのか。輸入であれば通関時のVAT、国外からのサービスであればリバースチャージ方式での納税が問題となり、さらに源泉税や恒久的施設(PE)の論点まで絡みうる。当局の中でも意見は割れるだろう。この問題の難しさを理解するには、専門家でも相当の水準が求められる。AIに漫然と聞いても、こうした論点の手がかりを与えない限り、関係者が納得できるだけの論拠と議論構成は得られないだろう。的確な問いを立てられるのは、今のところ専門家でなければ難しいのではないか。もっとも、この点もAIのさらなる進化で変わるかもしれない。
次に考えられるのが、責任の所在である。いいかえれば、信頼である。
格好の例が、自動運転の車に轢かれたとき、誰に責任を問うべきか、という思考実験である。AI自体に責任は問えないし、製造者責任を問うのも容易ではない。畢竟、文句を言いたい気分は宙に浮くのである。考えてみれば、責任と表裏の関係にあるのが、納得感、得心感である。売上台帳に1ページ当たり100件の売上が記載され、当月分が1,000ページあるとする。AIの集計総額10桁の金額が表示されても、さて、経理担当者は、その結果に納得感があるだろうか。とてもじゃないが、その結果の責任を問われても困るだろう。これの計算上の正確性を問う会計監査においても、その心証形成は、当然にしては成り立たない。
別の例を考える。宇宙旅行に出かける前、宇宙船の事前点検が重要なのは言うまでもない。それを「AIが100%最適な方法で点検しました」とだけ言われても、しり込みをするのが普通だろう。安全性に得心が得られない、換言すれば、信頼を担保する主体がないためだろう。その情報の帰属者、つまり責任者が人間であることが必須条件だと思われる。責任を回避しない、一定分野の信頼に足る専門家への需要は、増えることはあっても減ることはないと思われる。
■選ぶべき専門家
では、AI時代に専門家をどう選べばよいか。
人が好いこと、これに尽きる。
質問を嫌がる専門家は、本当のところ、決して少なくない。徒な質問はしてくれるな、というオーラを出しているような専門家は、AIが簡単に回答できる程度の情報を供与するだけの水準であると考えてよい。つまり、AI普及時代には、もはや不要の産物と言うべきだろう。北酒場という歌の文句ではないが、「ちょっとお人よしがいい」と言った所以である。「さっきのお話と今のお話では矛盾がるように見える」、あるいは、「その根拠条文はどこにある?」といったような質問こそ、待ってました!と嬉しがる専門家もいるのである。そして、重要案件であるならば、セカンドオピニオンを求めるつもりだ、と言われて意外にも慶ぶ専門家は、果たして、居るものである。
そのためには、先ずは当該専門家が、自分が分かっていることと、分かっていないことの区別が明確についていなければならない。言ってみれば無知の知である。そのような専門家こそが、AIが進歩した今、信頼に足りる、責任を厭わない専門家と言えると考える。誤解を恐れず一言で言えば、「知らないことが多いことを知っている専門家」、これである。
ちょっと変えて言えば、筆者は、実際に、クライアントから賄賂を騙し取ろうとした会計士を目撃した経験がある。とある国際会計事務所の代表社員であった。とてもではないが、お人よしとは言えまい。組織にブランドがあろうが、所詮は、人の問題なのである。
そのような専門家は、AIに代替できるものではない。そして、実際のところ、決して多くはないと思われる。特に海外の制度についての情報は、確かなものである必要性が強く求められる点については、異論を待たないだろう。さもないと、事業活動が成功したかを示す本当の数字が分からない、多額の横領が起きる、莫大な罰金を科される、それどころか、場合によっては刑事罰で服役することにもなりかねない。何としてでも、お人よしで知らないことが多いことを自覚している専門家をユーザーは探すべきと思うし、弊事務所も、その一つとなれるよう理念を続けてやって行きたいと思う次第である。
形部直道2026-10-26記